磨き続けた伝統「庵治石」

  • 庵治石の特徴
  • 庵治石の歴史
  • その他の石

庵治石の歴史は非常に古く、京都男山の石清水八幡宮の「建武回録記」という古文書にも記されているほど。1339年、当時の八幡宮再建にあたって前例に倣って讃岐の国より送りこんだ、という内容のもので、ほかの古文書から、平安末期から南北朝、室町時代にかけて、現在の牟礼町大町付近一帯が石清水八幡宮の荘園であったことも記されており、平安時代後期から、庵治石が採掘されて京都まで送られていたことが推測されます。
さらに江戸時代に入り、城造りが盛んになると、庵治石の採掘も頻繁に行われるようになり、現存する高松城の石壁や桜門の礎石、大阪城の石垣などに庵治石を今も見ることができます。明治時代になると、文明開化とともに庵治石の需要は増加し、昭和30年ごろからは、採石や加工における機械化が進み、「石材のダイヤ」と称され世界で一番高価な石材としての基礎づくりがなされた時代でした。

建武回録記より

1339年(暦応2年)この八幡宮の宝殿、弊殿、拝殿の再建にあたり、石種30種余、箇数5000箇余りの切石が使用されたが、これは前例にならって、検校職(お宮の事務を総管する役)をつとめる田中殿の所領地讃岐の国から送り込まれた…